涙の指名漏れから1年”畔上翔”【Players report】

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  • 文章:Clipee運営局

2011年の甲子園選手権大会で優勝を果たし六大学を経てドラフト指名。誰もがそう思っていたはずだが涙の指名漏れとなった選手がいる。日大三高の主将としてチームを牽引した畔上翔だ。

氏名:畔上翔(あぜがみしょう)
守備:外野手
投打:左投左打
所属:Honda鈴鹿
出身:日大三高ー法政大学

日大三高時代に主将として甲子園制覇を果たした畔上。当時のチームメートには高山俊(阪神)、横尾俊建(日本ハム)らがいた。当時の日大三高主力メンバーは大学進学を果たし高山は明治大、横尾は慶応大、そして畔上は法政大へと進学。高校時代の日本一メンバーが六大学の舞台で対戦することなった。

畔上は法政大で1年春から試合に出場するもレギュラーとなったのは3年の春である。3年時は年間を通じて打率.333を記録し日本代表としてハーレム国際、U-21W杯にも出場するなど翌年にドラフトを控えて上々だった。

しかし、4年の春は打率.111と絶不調。秋に盛り返したもののドラフトでは指名がなく社会人野球のHonda鈴鹿へと就職を果たす。

社会人一年目の今年、レギュラーへ定着したのは秋からだ。秋の日本選手権で5番レフトとして2試合に出場した。日本選手権では6打数1安打と結果を残すことはできなかったが練習の虫である畔上は来年のドラフトへ向け汗を流す。

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