掲載日: 文章:阿佐 智

アメリカの影響を受けて野球が最も盛んなニカラグア「ウィンターリーグを探る」

アメリカの影響の強いニカラグア野球

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 建国直後に傭兵出身のアメリカ人、ウィリアム・ウォーカーが政権を握り、その後もアメリカ資本による鉄道建設などアメリカの影響が強かったニカラグアには当然のごとく野球が浸透していった。1904年には現在も人気ナンバーワンチームとして君臨するボエルが、アメリカ領事によって首都マナグアに創設された。

 アメリカで教育を受けた独裁者、アナスタシオ・ソモサは野球を人民支配の道具として利用すべく3万人収容の国立競技場を建設し、1948年、ワールドカップをここで開催したが、8位に終わるとナショナルチームを更迭するどころか、牢獄に放り込んだという。

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 プロリーグは1956年にサマーリーグとして発足し、メキシカンリーグとの選手引き抜き合戦なども繰り広げた。しかし、翌年アメリカマイナーリーグの組織であるナショナル・アソシエーションに加入すると、夏季シーズンを打ち切り、その冬からウィンターリーグ
に移行した。このウィンターリーグとして最初のシーズン直前には、ウィリー・メイズ率いるアメリカチームが来訪し、2万の大観衆を国立ソモサスタジアムに集め、ニカラグアナショナルチームを11対3で一蹴している。またシーズン後には、コロンビア、メキシコとのパンアメリカンシリーズが開催され、優勝チーム、レオンが出場している。また、1963-64年シーズン後には、キューバがアマチュア化し脱退したため、中断したセリエ・デル・カリベ(カリビアン・シリーズ)に替り復活したセリエ・インテラメリカーナがニカラグアで開催され、ニカラグアチャンピオンのシンコエストレージャスが優勝を飾っている。しかし、このチームが2度目のリーグ制覇を成し遂げた3年後のシーズンを最後にニカラグアのウィンターリーグは休止に追い込まれてしまう。

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