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全国高校野球事情~興南・沖縄尚学が一歩リードか!?~【vol.1 沖縄県】

名物監督は栽弘義

沖縄県の監督といえば栽監督を外す訳にはいかないだろう。栽監督は小禄、豊見城と監督を歴任し筋トレなどの当時最先端となるトレーニングを導入。池田(徳島県)の筋トレが有名ではあるがその池田よりも小禄のほうが早かったのだ。豊見城を甲子園に導いた。豊見城は裁監督在任時に6回の甲子園出場を誇り、3年連続で夏の甲子園選手権大会でベスト8に進出するなど結果を残す。

1980年に沖縄水産へと戦いの場所を移すと1984年に夏の選手権大会へ初出場。5年連続で甲子園出場を果たす。1989年に連続出場は途切れるが1990年、1991年に2年連続で準優勝と沖縄県を強豪県へと引っ張りあげたのだ。2007年まで監督を務め甲子園通算29勝を挙げており在任中に心臓疾患で帰らぬ人となった。

裁監督がいたからこそ沖縄県の野球がここまで強くなったと言っても過言ではない。

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