掲載日: 文章:阿佐 智

「熱狂的な人気を誇った巨人の2軍」は今 – 2016年観客動員から考えるNPBファーム:7

近年は阪神の追い上げを受けているものの、いまだ人気ナンバーワンを誇る名門巨人。ファームの人気も絶大なものがある。かつては、なかば独立採算で運営されていたという2軍だが、現在はその人気をうまく活用しているとは言えない。それでも、さすが「球界の盟主」、3軍を含めたファームのさらなる活用を模索している。

かつて熱狂的な人気を誇った名門球団の2軍

ジャイアンツ球場
 かつて「新日本リーグ」というプロ野球リーグがあった。1954年、セ・リーグの6球団が2軍を充実させるためにつくったファームリーグだ。アメリカのマイナーリーグにならい、各チームは1軍とは違うニックネームを名乗り、前後期制のペナントレースを争うものだったが、1軍の本拠とは別に設けられたホーム球場が全国に散らばっていたため、試合消化に難渋し、実質1年しかまともに活動できず、2年目の55年に現在のイースタン、ウェスタンの2リーグが発足したため、自然消滅のような形で消え去ってしまった。

 このリーグに、1949年発足の巨人の2軍も参加していた。「読売ジュニアジャイアンツ」と名乗ったこのチームは、現在の横浜スタジアムの前身である平和球場を本拠としていた。

 新日本リーグが消滅した後も、巨人2軍は人気球団として、地方巡業を繰り返していた。NHKのテレビ放送開始が1953年、国産カラーテレビが発売された1957年(放送開始は60年)の白黒テレビ普及率が29.1%のこの時代、「生のジャイアンツ」見たさの観客で、巨人2軍の行くところ、地方球場のスタンドはどこでも鈴鳴りになったという。

 しかし、その人気もテレビの普及により次第に下火となり、2軍の試合は、もっぱら55年に完成した練習グラウンドである多摩川の河川敷で行われるようになった。

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