掲載日: 文章:阿佐 智

君は沢村栄治を知っているか!:故郷・伊勢で大投手を忍ぶ

沢村栄治と言えば、最高の先発完投型投手に贈られる「沢村賞」にその名を残す日本プロ野球黎明期に活躍した伝説の大投手だ。17歳で京都商業(現京都学園高)を中退し、メジャーリーグのスター選手を迎え撃つべく結成された全日本軍に参加、大差での敗戦を日本が喫する中、負けはしたものの、全米軍を1点に抑えて完投したその投球はまさに伝説となっている。その後、この全日本軍を母体にした大日本東京野球倶楽部、つまり現在の巨人軍に入団、ノーヒットノーラン3回など草創期の日本プロ野球のエースとして数々の名場面の主役を演じたが、3度にもわたる出征ののち、1944年10月2日にわずか27歳で戦火に消えた。

 この大投手の生まれ故郷がお伊勢参りで有名な三重県伊勢市だ。ここで22日、沢村の生誕100周年を記念して、巨人対日本ハムのオープン戦が行われた。

大投手の生まれ故郷・伊勢

 侍ジャパンが、WBC決勝進出をかけてアメリカと対戦した3月22日、80年前にメジャーリーグのスター選手たちをその投球で翻弄した偉大な投手を偲ぶ記念試合が伊勢市倉山田公園野球場で行われた。普段は高校野球くらいしか客があつまるイベントのない8000人収容のこの球場は、試合開始1時間前の正午にはほぼ満員に膨れ上がっていた。

 めったにないプロ野球、それも人気球団の巨人戦というだけでなく、地元が生んだレジェンドを顕彰すべく「沢村栄治生誕100周年記念試合」と銘打たれたこのオープン戦に、集まった人々は特別の思いをもってフィールドを眺めていた。

 この日、この試合を催した巨人は、日本最初の永久欠番となった「14」をナイン全員が身にまとい、沢村の偉業をしのんだ。始球式には、沢村の一人娘である酒井美緒さんが、やはり14番のユニフォーム姿でマウンドに立った。沢村は生まれたての美緒さんを残し、最後の出征に出向いたという。

 また、奇しくも対戦相手の日本ハムの先発も背番号14の加藤貴之だった。

 試合には、巨人から地元三重出身の中井大介、辻東倫が出場。スタンドのファンからひときわ大きな声援を浴びていた。とくに中井は、まさに地元中の地元、宇治山田商業高校出身。トップバッターとして初回にヒットを故郷の大先輩に捧げた。

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