掲載日: 文章:阿佐 智

「おらが町のチーム」地域密着に成功した日本ハムの2軍運営 – 2016年観客動員から考えるNPBファーム:8

 かつて後楽園球場、東京ドームを巨人と共有していた日本ハムは、2軍もフィールドは違うものの、巨人と同じ多摩川河川敷のグラウンドを本拠としていた。それも今は昔、1997年に千葉県鎌ケ谷市に1軍の練習施設と2軍の本拠を兼ねた球場を新設すると、日本ハム球団は、1軍の北海道移転後もここを2軍のホームとして地域密着型の2軍運営を行っている。

「メジャー」と「マイナー」が離れたアメリカ型のファーム運営


 2004年に北海道に移転し、すっかりパ・リーグの強豪にして人気球団となった日本ハム。このチームがかつて東京ドームを巨人と共用していたことを知らない人も多いのではないだろうか。巨人のホームグラウンドを「間借り」していたこの球団は、練習施設も、前身の東映フライヤーズ時代の1961年から巨人と同じ多摩川の河川敷に置いていた。巨人の施設とは川を挟んで反対側にあったという。1990年代に入ってからは、グランド後方にある鉄橋を列車が通るたび試合を中断せねばならないなど試合運営に支障をきたすことが問題視され、イースタンリーグの公式戦は、相模原球場などで行うようになったが、巨人が先鞭を切った育成施設の整備の流れの中、日本ハム球団も1997年に千葉県に鎌ケ谷球場を完成させ、ここに練習施設、寮を併設させ、ファームの環境を一変させた。ファイターズスタジアムと名付けられたメインスタジアムは、収容2400人のスタンドを持ち、2軍の試合のほか、1軍のオープン戦も年によっては行っている。1軍の北海道への移転の際、2軍の本拠の移転も取りざたされたが、多大な投資を行って作ったこの施設を日本ハムは手放すことはせず、その結果、アメリカのような1軍と2軍の本拠の分離が行われた。

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