掲載日: 文章:阿佐 智

人気球団となったDeNAがファーム経営新時代の鍵となるか – 2016年観客動員から考えるNPBファーム:11

今シーズンのイースタンリーグ公式戦はすでに3月18日に開幕している。横浜DeNAは本拠、横須賀スタジアムで開幕を迎え、楽天相手に大敗を喫したものの、1340人の観衆をスタンドに集めた。
現在DeNA球団は、2軍の本拠を球団の練習場のある横須賀市に置き、市内の横須賀スタスタジアムをメインとして、旧本拠・平塚、それに横須賀市内の練習球場の「トリプルフランチャイズ」体制で公式戦を開催している。

変転の歴史

 今ではすっかり横浜に根付き、とくに球団経営が現在のDeNA社にゆだねられてからは、1軍のチケットはプラチナ化するなど、すっかり人気球団になったベイスターズ。若いファンの中にはこのチームがかつて隣町の川崎に本拠を置いていたことなど知らない人も多いのではないか。さらに言えば、この球団のルーツをさかのぼれば、フランチャイズは大阪、はては山口県の下関まで行きつくことなど思いもつかないだろう。

 1軍の流転の歴史と同じく2軍も「大洋ホエールズ」として下関を本拠とし発足した。セ・リーグの球団がファームリーグ、「新日本リーグ」を結成すると、松竹球団との合併のため大阪に移転した1軍とは別に「洋松ジュニアロビンス」として下関にとどまり、小倉(現北九州)球場でも試合を行ったという。この新日本リーグは実質1年で解散したが、1955年からは1軍が「大洋ホエールズ」に戻り、首都圏の川崎に進出したのを機に、2軍もこれに従うかたちで川崎に移転、1961年からはイースタンリーグのチームとして、当時首都圏の球団の練習球場の定番だった多摩川河川敷に造られた大洋球団の練習グラウンドを本拠とするようになった。

 1978年の1軍の横浜スタジアム移転にともない、1980年には、市内の保土ヶ谷球場を、1986年には郊外の平塚球場(現バッティングパレス相石スタジアムひらつか)をメイン球場とするようになった。そして、1989年に現在の「ベイスターズ」がニックネームとして採用されると、さらなる地域密着を目指して、横須賀スタジアムに本拠を置くことになった。翌2000年には「湘南シーレックス」として、横須賀をフランチャイズとした独立した球団を目指すようになったが、この試みは10年で挫折、その後は1軍と同じ名称ながら、横須賀のチームとして運営されている。

キーワード

新着記事