2012年夏の甲子園。
この大会では大阪桐蔭が春夏連覇、光星学院が3季連続の準優勝を果たした。

大阪桐蔭は藤浪、森のバッテリーを擁し5試合すべてを2失点以下に抑え、光星学院は4番北條が史上最多となる甲子園通算29打点の記録を打ち立てた。

今もプロ野球の世界で躍動するこれらの選手以外にも桐光学園の2年生松井裕樹が1試合22奪三振の最多記録をマークするなど、記憶とともに記録にも残る、見応えのある大会であった。

高校野球界の「横綱」大阪桐蔭ホンモノの強さ

大阪桐蔭が春夏連覇を果たしたこの大会、大阪桐蔭が横綱相撲を取ったといっても過言ではないだろう。
全5試合をすべて2失点以下に抑え、準決勝と決勝に関しては明徳義塾、光星学院といった強豪を完封。エース藤浪は150km/hを超えるストレートとキレのあるスライダーで多くの三振を奪い、コントロールにはややばらつきがあるものの、四死球から崩れるということはなかった。
西谷監督は「藤浪は連投の方が力が抜けて調子がよくなる」と語っているが、その言葉どおり、試合を重ねるごとに凄みが増していった。

決勝では春のセンバツで打ち込まれていた光星学院の3番田村、4番北條を1安打に抑えてリベンジを果たし、西谷監督も「高校3年間で最高の投球だった」と称えた。

2年生の森も一番バッターとして、またキャッチャーとしてチームを攻守で大いに盛り立てた。
5試合すべてにフル出場し、20打数8安打の打率4割を記録。
ホームランも2本放ち、高校生離れしたスイングスピードとその長打力は相手チームにとって脅威だったに違いない。

藤浪はバッターとしても長打力があるが、そのバッターを9番に入れることができたのは大阪桐蔭の強さゆえである。
バッターとして負担の少ない9番に入れ、ピッチングに重きを置いてもらう。
まるでプロ野球の世界だが、9番藤浪はこの年の大阪桐蔭を象徴していると言えるだろう。

大阪桐蔭が「横綱」と称されるようになったのはこの頃からだ。
「勝って当たり前」という雰囲気がどこかアルプススタンドからも感じられるのは私だけだろうか。
強さゆえの余裕、えんじ色のユニフォームを前に一瞬ひるんでしまう相手選手もいるかもしれない。

2014年にも大阪桐蔭は全国優勝を果たすことになり、高校野球の強豪=大阪桐蔭という確固たる地位を築いている。

大阪桐蔭と光星学院のライバル関係

スポーツにおいてライバルの存在は大きな意味を持つ。
2012年の大阪桐蔭のライバルはなんといっても光星学院であろう。
春と夏の決勝が同じ組み合わせになるのはこれまでの甲子園の長い歴史の中で、初めてのことであった。
また、光星学院は青森のチームだが、関西出身の選手も非常に多い。実際、この大会で活躍した現阪神タイガースの北條選手も現ロッテマリーンズの田村選手も大阪出身である。
そういった点を考えても、お互いがライバル意識を持っていたことで、チーム力向上につながったといえるかもしれない。

この大会で大阪桐蔭に対抗し得るとみられていたもう1つのチームは松井裕樹率いる桐光学園である。
初戦で1試合22奪三振の史上最多記録をマークした恐るべき2年生投手である。しかし、準々決勝で光星学院に攻略され大阪桐蔭と戦わずして甲子園を去る事となった。

ちなみに大阪桐蔭と光星学院はこの年の秋に行われた国体でも初戦で激突している。
このときも大阪桐蔭が4-2で光星学院を下し、光星学院にとっては3度目の正直とならなかった。

プロに入ってからも両校出身の選手たちはライバル意識を持って、切磋琢磨していくことだろう。藤浪と北條は阪神、田村はロッテ、森は西武でそれぞれに奮闘している。
この4選手がプロ野球選手として大きく飛躍して、この年の高校野球が再びクローズアップされる日も近いかもしれない。
近年、大阪桐蔭出身選手の活躍が目立っており、大阪桐蔭の縦のつながりが、「後輩に負けたくない」といった気持ちや、先輩がいることの安心感を生んでいる部分もあるだろう。
今後も大阪桐蔭と光星学院出身のプロ野球選手、そしてもちろん高校野球においても両校の選手たちの戦いに注目だ。

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